音の殺しや4

ぼーぼぼさんは耳の悪さを自覚しているので、チューニングというものをはなから放棄している。音の良し悪しを聞き分けられないのだから、いわゆるセッティング、ファイン・チューニングで音を作るなんて自分には無理だと諦めているのだ。

いまはなきあるHPで、「よけいなことはしない」という言葉を学んだ。オーディオにおいて「やりすぎ」は禁物。「音の殺しや」は自分だった、なんて笑えないオチは勘弁してほしいもの。だが実際にはそのHPの主は、電源ケーブルのアースをどんどん太いものにしたり、基盤に銀を裏打ちしたり、どんどんドツボにハマっているようだったが…。もう10年以上前の話である。

新素材のインシュレーターとか、次から次へと新しいものが出てくるけれど、何十万円もするカーボンインシュレーターを使って、いったいどんな音を出そうというのだろう。オーディオラック、部屋の音響を整えるグッズにしても、確かに音が変わるのは分かる。でも、根本の問題が解決されないでいくら部屋の音響をよくしても、音楽は聴こえて来ない。

あるお宅にお邪魔して、いい音だなあと思っても、次に行くと変わり果てた音に愕然とする、ということがある。「なにをやっても音は変わる」というのは事実だけど、どこで止めていいか分からないという場合も多いのだ。とはいえ、なにかやりたくなってしまう、というのも人情。もしかしたら、「いい音は飽きる」のかもしれない。いや、飽きるようでは「いい音」とはいえないのかもしれないけれど…。

あとから考えると、案外、へんな音を出しているときのほうが一生懸命オーディオしていたりする。そういう不思議さが、オーディオにはある。